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不要になった結婚指輪だけを買取りしています

当店では、離婚された方の不要になった結婚指輪だけを専門に買取させて頂いております。
なぜ、結婚指輪だけを買取りしているのか?
それは

私も離婚した時に結婚指輪の処分に困った経験があるからです

詳しくはこちらに書いています。当時の状況や心の内を書きました
かなりの長文になってしまいましたが、よかったらお読み下さい。

→私が離婚した理由や、当時の状況

買取の流れ


お品物、宅配買取申込書、身分証コピーをご郵送下さい。
到着後に査定し、買取金額をご連絡いたします。
もし残念ながら買取金額にご納得頂けなかった場合は
お品物、身分証コピーなどの書類を含め、全部返却させて頂きます。
返品の際の送料は当社負担ですのでご安心下さい。

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郵送する封筒が無い、または買取申込書がダウンロードできないというお客様へは
無料で郵送セットを送付いたします。
お気軽にお申込み下さい。

                

電話でお申込み TEL:045−479−4161



お買取り価格

 買取価格 (買取単価 g / 円) K:金 Pt:プラチナ
K24 3150 Pt1000 3040
K20 2440 Pt950 2720
K18 2000 Pt900 2580
K16 1900 Pt850 2450

買取額=買取単価(1グラム当たりの単価)×重さ(グラム)の明朗会計
それ以外の経費はいっさい頂きません。
もしお客様のご自宅に、調理用の計り(グラムまで測れるもの)があれば
それで重さを測り、指輪やネックレスに打たれている刻印を確認し、
上記の買取単価の表の金額を掛け合わせれば、
大まかな査定額は算出できますので、どうぞご確認下さい。


・結婚指輪にイニシャルが入っていてもお買取することができます。

・私も離婚しているのでよく解かるのですが、離婚は大変プライベートなことです。
 お客様の個人情報はいかなる理由があっても決して他人に話しません。

・結婚指輪と一緒に婚約指輪も郵送をご検討頂いている方へ
 婚約指輪には多くの場合、ルース(宝石)が付いています。宝石の査定には
 鑑定書が必要になります。鑑定書も一緒に郵送して下さい。

私が離婚した理由

<目次>
・私が離婚した理由
・私が一番苦労したこと:離婚決定後の双方の親への説明
・離婚に向けた夫婦での話し合いと離婚への進め方
・1.なんで離婚するのか
・2.離婚が決まってからのお金の分け方
・3.離婚後の家財道具の分け方
・4.離婚することを親にいつ、どうやって伝えにいくか
・5.離婚後の関わり方
・離婚するにあたって精神的に辛かったこと

・お客様から伺った体験談

私が離婚した理由

あなたがここへお越しになったということは、
夫婦間に何かしら問題を抱えて、
離婚を決意して別々の道を歩み始めた、もしくは歩み始めようと
決意されていることと思います。
また、離婚を決意するまでに大変な時間もかかったことでしょう

まずは「よく頑張ってますね。お疲れ様です」とあなたへ言わせて下さい。
離婚を決意する際の心のつらさ、重さ、本当に大変ですよね。

実は私も2008年に、横浜で5年間一緒に暮らした妻と離婚しました。
理由は、「性格が合わなかったから」と言っていますが、正直なところ
はっきりとした理由を答えることは出来ません。二人の間の小さなズレが
少しずつ積み重なっていき、最後に大きく崩壊したというのが
今考えると本当の理由なのかもしれません。
離婚を決意するまでも、かなり時間がかかりました。
たぶん1年位はなんとなく悩んでいた気がします。

離婚 結婚指輪

離婚を決意した後、
今度は実際に離婚するまでもかなり時間がかかりましたし
あまりに色々なことが急激に変わり過ぎて本当に大変でした。

引越し先の物件探し、引越し作業、親戚への報告、
当時勤めていた職場への報告や横浜市の区役所への届出書類などなど。
離婚を決意してから、実際に離婚までにかかった時間は
6ヵ月位だったと記憶しています。
それでも一番大変だったのは、
親を説得することだったかもしれません・・・

あなたに言うまでもありませんが、
離婚は大変なエネルギーを使いますよね。
心のエネルギーが回復しないままに、
忙しさに追われる日々を送る私にとって
新しい生活が始まるんだという希望の光は、
あまりに小さすぎる日々でした。

そんな時、冷蔵庫の横の新しく買ったラックに、外したままの
結婚指輪を見つけたのです。

何とも言えない気分でした・・・

離婚したのに指輪を持っているのも切ない。
捨てるのも踏ん切りがつかない。普通のリサイクルへ売るのもなんか違う。
他の人は離婚後の結婚指輪をどうしているだろうとネットで調べても、
捨てる人や売る人、いまだに持ったままですなど、
人それぞれで答えが無い。

ただでさえ心に余裕が無い状態なのに、離婚後の指輪の処分方法に
1ヶ月以上も悶々と悩んでいました。
それでも当時、重い心を引きずりながらも、なんとか苦労して
いらなくなった結婚指輪を処分しました。

人から見ればいらなくなった指輪を処分するなんて大したことないように
思われるかもしれませんが、離婚して間もない私にとっては
すごく重たいことで本当に疲れたことを覚えています。

離婚 結婚指輪

いらなくなった離婚後の指輪をどうしたらいいんだろう・・・

当時の私が抱えていたこの悩みと、
同じ悩みを持っている方がいるかもしれない。
もしいるなら、こんな私でも、
その悩みを解決するチカラになれないだろうか
そう思ったのが、私が離婚後の結婚指輪の引取りを始めた理由です。

今でこそ、家電などのリサイクルも行っていますが
元々はこの結婚指輪をどうしようかがすべての始まりなんです。

普通の買取とは違って、
離婚された方からいらなくなった指輪を引取る数なんて
一日に何人といるわけではないので、
普通の買取事業へ移ってしまった方が仕事としては
はるかに楽だし、手間ひまかけて
なんでこんなことやってるの?と言われますが、

「自分が苦しんだ経験を、他の方にはしてほしくない」という思いだけで
この仕事を続けています。

この悩みを解決し、以前の様に
心から笑える晴れやかな笑顔を取り戻してほしい。
それが私の願いです。

私が一番苦労したこと:離婚決定後の双方の親への説明

離婚する際に私が一番苦労したのが双方の両親への事情の説明でした。
もしこれから離婚される方々へ僅かでも参考になればと思いましたので
私がどうやったかお話します。

妻と話し合って、離婚しようとお互いが納得した後にどうしてもやらなきゃ
ならないのが両親への説明です。

まずはお互いが電話で離婚することになったと伝えました。
当然かもしれませんが、親は大激怒です
「結婚っていうのは、そんな生半可なもんじゃないんだ!
離婚なんて絶対に認めない!」
そんなことを言われた記憶があります。

その次には、私と妻のそれぞれがお互いに実家に帰って直接会って
離婚する理由や思いについて説明してきました。
合計で3回は帰って説明をしました。

あくまで私個人の意見ですが、親に離婚を理解してもらうことは不可能です。
特に私の両親は慎ましくも仲良く暮らしていた夫婦だったので
なおさら離婚なんてって思いだったかもしれません。
なので、理解してもらえなくても押し通すしか方法がありませんでした。
「誰に何といわれようと自分達が決めた道なんだ。離婚する」
と言い続けました。

その後、横浜市内のホテルの小さな会議室を3時間借りて
双方の両親を交えて最後の話合いを行いました。
金額は場所にもよりますが、1時間5000円くらいでした。

かなり気まずい空気の中、主に私が進行役を務め、妻側のお母さんが
時折フォローしてくれながら進めました。
双方の親とも、納得はしていないけど、諦めた感じで出席していましたが
それでも時折私や妻に対して愚痴のような言葉を
言ってきました。

話合いが終わって会議室を出る時に自分の母親から
「なんでこんなことになっちゃったんだろうね…」と
哀しそうな目で見られた時、本当に申し訳ない気持ちで
一杯になったことを今でも覚えています。

離婚に向けた夫婦での話し合いと離婚への進め方

離婚するにあたって、私たち夫婦がどの様な話合いをしてきたか、
皆さんのお役に立てばと思い、恥をしのんでお話したいと思います。
またこれはあくまで私の場合ですので、
全ての方に当てはまる訳ではないことを御了承下さい。

離婚をしようと切り出したのは、実は妻の方からでした。
最初はやはりビックリしましたし動揺もしましたが
私自身も離婚の2文字は常に頭にあったので、
その事実はそう時間もかからず受けとめることが出来ました。

その後、離婚に向けた話し合いが私達夫婦の間だけで始まりした。
何を話し合ったのか思い返すと

1.なんで離婚するのか
2.お金の分け方
3.家財道具の分け方
4.親にいつ、どうやって伝えに行くか
5.今後の関わり方

この5つだったと思います。

1.なんで離婚するのか

これは離婚する理由が明らかな場合は必要ないと思いますが
私の場合を含め、何となく相手と合わないことが解ったという方々にとっては
必要な話合いだと思います。

私達夫婦も、相手へのダメ出しも含め最後はかなり本音を言い合いました。
でも変な話ですが、具体的にどこが上手くいかなかったのかを明確にしておくと
精神的にもスッキリした気分で別れられますし
もし仮に再婚する時にも前回の反省点として生かせますし
必要なことだと思います。

2.離婚が決まってからのお金の分け方

これは相当悩む問題だと思いますし、人によっては
相当話合いがこじれる問題でしょう。

ただ幸いにも私達の場合はお金に関してはそれほどこじれることも無く
淡々と決まりました。
まずは結婚前に持っていたお互いの貯金は、そっくりそのままお互いに
返すことにしました。
家にある全ての貯金通帳を引張りだし、結婚直前のお互いの貯金額を確認し、
今現在の貯金の総額から、まずその分をお互いへ返しました。
お互い貯金を持って結婚しましたが、いくらか私の方が貯金が多かったと記憶しています。
残った金額が、結婚後に二人で貯めた金額となりますので、
この結婚後に二人で貯蓄したお金は、キレイに半分づつに
分けることにしました。

こうもキレイに半分づつにできた理由として
お互い働いていたということが大きかったと思います。
それでも、妻がエクセルで作った貯金額の表を見ながら、何度も確認しました。

3.離婚後の家財道具の分け方

車も含め家財道具をどうやって分けたかというと
うちの場合は、全部妻へあげました。
私は布団だけ持って家を出ていくことにしました。
まず、車に関しては、買った時に夫婦の貯金に加えて
妻側の両親にもずいぶんとカンパしてもらって買ったからというのが
一番の理由でした。

テレビなどの家財道具は、私の方が持っていくのが大変だという
物理的な面倒くささと、二人で使っていたものをまた使おうという気に
ならなかったので、そのまま置いていこうと思ったのが
全部あげた理由です。

4.離婚することを親にいつ、どうやって伝えにいくか

これは本当に悩みました。私だけではなく妻も悩んでいるようでした。
それぞれが各々の実家に帰って報告することにしたのですが、
私は、何も言わずに実家に行き、そこで初めて
「離婚することになった」という報告の仕方を取りました。
取りましたというより、この方法しか取れなかったというのが本音です。
行く前に「今度離婚することになったから、その話をしに行く」などと
事前に内容を伝えて話に行く勇気はとてもありませんでした。

実家には母親しかいなかったのですが
絶句・・・という表現がピッタリの表情で見られ、本当に辛かったです。
その後は父親も帰宅してきて、両親から
「そんな自分勝手なことは許さん!」みたいなことを言われ相当怒られました。
なにも言い返すことが出来なかったので私は黙っていました。
とにかく親も相当な興奮状態でしたから、とにかくひたすら
言われることに耐えていました。

私はある意味覚悟を決めて行った訳ですから
自分の方が多少なりとも冷静でしたし、
この状況を作ったのは自分なんだからと自戒の意味もあって
その日は黙ってひたすら怒られていました。

その日を含め、トータルで2回実家に行きました。
さらに1度はこちらに来て話し合いをしました。

前にも書きましたが、最終的には親も「納得した」というより
「諦めた」といった状況でした

ちなみに、離婚することになったと話に行ったのは
離婚する3ヶ月前頃でした。

5.離婚後の関わり方

離婚をしたら、もう今後は一切、別れた夫や妻とは関わりたくない、
関わらない、そう決めた方も多いのかもしれません。
また、お子さんがいらっしゃる方は、子どもとの関わり方で
離婚後にどうやって元夫や元妻と関わっていくか悩まれるかもしれませんね。
私の場合、子どもがいるわけでもなかったので
基本的にもうお互いには関わらないこととして別れました。

ただし、一つだけ例外を設けました。

それは、お互い親には良くしてもらっていたので
双方の親が亡くなった時にだけ、そのことを連絡するとして別れました。
これはあくまで私の考えですが、妻と離婚したことと
妻の両親に良くしてもらったというご恩は別物ではないかと考えたからです。

離婚して以来、元妻とは会っていませんし連絡も取り合っていないので
妻側の実家の様子も当然ながら全く解かりませんが、
幸いにも、まだその連絡は来ていません。
もしかしたら、もうその約束は忘れられているかもしれません。
それはそれで、構いません。

約束が守られれば、双方の両親の葬儀の時には会うかもしれませんが、
それ以外で、今後の人生で離婚した妻と会うことは、もう無いでしょう。



離婚するにあたって精神的に辛かったこと

夫婦の間で離婚しようかと話を始めた最初の頃は
私も「このまま離婚してもいいのだろうか・・・」と相当悩みました。
仕事中も、ふとした瞬間に離婚について思いだして悩み、家に帰って悩み、
そして夜もあまり寝つけずに悩んでいました。

でも何が一番辛かったかというと、
私には離婚することについて相談できる人がいなかったことでした。

親しい友人に相談すればよかったのではと言われますが
私には、そこまでプライベートを話せる友人は居ませんでしたし、
会社の上司や同僚も、仕事仲間としてはとても仲良くしていたものの、
「離婚しようか悩んでる」などと相談できたかというと
私にはとてもそんなことはできませんでした。

ホームページなどで「離婚相談やってます」といった先生方に
アポイントを入れて離婚の相談にのってもらうことも考えたのですが
費用なども考えると、なかなかそんな勇気も出ませんでした。

そんな相談相手のいなかった私は、離婚に関する本を買ってきて読むか、
ひたすらネットで離婚関連の事を検索するかしか
悩みのツラさを和らげる方法がありませんでした。

別に慰謝料の金額について相談にのって欲しいのではなく
離婚届けの書き方について相談にのって欲しいのではなく
ただただ、話を聞いてくれる相手が欲しかったです。

結局私は誰とも相談することなく、一人で決断して離婚を決めました。
相談できる人がいたら、きっと精神的にもっと楽に
離婚することができたのかもしれません。
でも、私のように誰にも相談できずにいる人は、
結構多いのではないでしょうか。
当時の私と同じように、離婚のことで悩んでいる人にとって
私の情報が少しでも役にたてば幸いです。

お客様とお会いして

結婚指輪の買取をさせて頂く中で、お客様とお会いする機会があり
「阿部さんの体験談を読んですごく救われました。」と
言われることがあります。
お話をお伺いすると、離婚の原因やその過程は人それぞれだと感じます。
お会いした方の中には、参考までにHPへ載せて頂いても構いませんと
言って下さる方々がいましたので、
このHPへお越し頂いた方の参考になればと
ここへ掲載させて頂きます。

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東京都在住 30代 Mさま 女性

「今日は離婚するまでと離婚した後のことについて
色々と包み隠さず話したいので
当時の日記を見ながら話をさせて下さい。」

「夫と離婚した原因は、夫との性格が合わなかったことと
夫のお母さんであるお姑さんと合わなかったことが離婚の原因でした。
お姑さんは私のことをとても大切にしてくれている思いは感じたのですが
家事にはとても細かい性格と、お金使いは結構派手なタイプで
自分とは合わなくて、精神的にツラい日々が続いていました。

夫は優しい人でしたが、私とお姑さんのどちらにもいい顔をして
私達二人のあいだにあるわだかまりを取り除いてくれようとは
しませんでした」。

「徐々に私達夫婦の溝が深まっていき、
結局私達夫婦は離婚することになりましたが
離婚の準備を進めていく時に
私の支えとなったのは、友人と、自分の母親でした。
友人は夫と共通の友人が多かったのですが、
女性の友人は私の味方になってくれて私を支えてくれました。
母親は最初はなかなか離婚について納得してくれませんでした。
ただ、ある時私がキレて結婚生活の不満をぶつけてしまったところ
それを聞いた母親が「ごめんね」と一言つぶやいて
それを機に離婚について納得してくれるようになりました。」

「離婚の話し合いを進めていく上で、夫婦2人だけで話しあうと
感情的になってしまい、話が進まなくなってしまっていた為
離婚の話し合いの際には、お互いの共通の知人であり
私達が知り合うきっかけとなった方に間に無理を言ってあいだに入って頂き
3人で話し合いを行う様にしていました。」

「一人あいだに入ってもらうだけで、そして話し合いの場に
居てくれるだけで、本当に精神的に救われました。」

「離婚するまでに何が一番大変だったかと言えば、
私の場合は離婚調停の寸前まで話がこじれていましたので
やはり二人での話し合いが一番大変でした。」

離婚までの手続きとして、離婚調停の準備をしていましたので
戸籍のある実家まで戸籍謄本を取りに行ったり
住んている場所の近くの家庭裁判所へ書類を作りに行ったりしました。
離婚調停の書類の書き方なんて、全く判りませんでしたが
裁判所の方があれこれと丁寧に教えてくれましたので
それほど苦も無く離婚調停の書類を書くことができました。

「その後、私達は離婚した訳ですが
離婚が決まってから一番大変だったのは
家を探すことでした。
パート勤めの私は保証人が居ないと借りれないので
職場の上司が色々と手を貸してくれて
なんとか新しい家を借りることが出来ました。
職場の同僚も、離婚したことをすんなりと受け入れてくれたのが
離婚調停の直前までいって
疲れきっていた私には本当にありがたかったです。」

今は、いつまでパートみたいな仕事で生計を立てていけるのか、
将来に不安を持って過ごしています。 将来の不安は消えません。
でもがんばっていきます。

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埼玉県在住 30代 Oさま 男性

「私は1年3ヶ月の別居を経て離婚しました。
妻の方から別れたいと言われました。
私は妻を愛していましたので一体どうしてなのか全く理解できませんでしたが
とりあえずはお互い冷静になる為に、いったん別居という形を取りました。
私としては、その間に再び二人の関係を修復できるだろうと考えていました。」

「別居したことは親には話していませんでしたが
ある日、母親が予告なしに突然実家から遊びに来てしまい、
それで別居していることを知られてしまいました。
親に別居を理解してもらうのはとても大変でした。」

「別居している期間中に話し合いで関係を修復したかったのですが
やはり妻の気持ちは離婚で固まっていました。
離婚することに対して、私としてはどうしても納得できませんでしたが
周りの知人達から説得される形で離婚届けに判を押しました。」

「離婚届けに判を押す時は本当にツラかったです。
経済的にそれほど余裕が無い中で、ささやかながら手作りの結婚式を挙げましたが
それができたのも友人たちや親の応援があったからです。
離婚するということは、友人たち、両親、そして結婚式で誓いを立てた
自分自身を裏切ることだと思いました。」

「離婚した時、自分の両親に話をしに行き、そして彼女の両親にも話を伝えに行きました。
会社に伝えた時、上司が淡々と事務処理してくれたことは
精神的に助かりました。
離婚したことを誰に伝えるのが一番ツラかったか?と聞かれたら
結婚式でスピーチしてくれた友人に伝えに行った時が一番ツラかったです。」

「ただ、実は未だに離婚したことを伝えられていない人がいます。
むかしとてもお世話になって、結婚した時も本当に喜んでくれた昔の恩師です。

今はとても会わせる顔がありません。
でもいつかは自分で離婚したことを伝えなければならないこともわかっています。
今はまだ、もう少し時間を下さい。」

「今もまだ妻のことが忘れられません。
区切りをつけるなんてまだできません。
でも、このままじゃ未来へ行けない。
だから阿部さんへ連絡しました。
今は阿部さんにお会いできたことをとても感謝しています。」

「それでも、時間と共に少しづつ離婚のキズも薄くなっていってる気がします。
いずれ、時間が解決してくれるのだと思います。」

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神奈川県在住 30代 Mさま 女性

私が夫と離婚することになったのは
夫が家を出て行ってしまったからです。

主人とはごくごく普通に生活をしていました。
ところがある日、私が仕事から帰ってきたら、マンションから
夫と夫の荷物がキレイに無くなっていたんです。
「もう君とは生活できない」という一通の置き手紙を残して。

いったい何が起きたのか全く解かりませんでした。
パニックというより、頭の中が真っ白です。
夫に電話をかけても着信拒否で繋がらない状態でしたし、
夫の実家に電話をかけて状況を説明して
なんとか連絡を取ろうとしたのですが、それもダメでした。

私自身は正社員として勤めていましたので
真っ白になりながらも、なんとか仕事にだけは行っていましたが
正直、夫がいなくなってからの1週間は、どうやって過ごしたのか
ほとんど記憶がありません。

1ヶ月ほど経ったある日、突然弁護士から連絡がありました。
夫が依頼主でした。
夫とは全く会うことが出来なかったため、
その後しばらくは、その弁護士と離婚について話し合いをしていました。
ただ、やはり話がうまく折り合うことは無かった為
今度は夫が家庭裁判所へ調停の申し立てをして、家庭裁判所で話をつけることになりました。
当然のことながら私も家庭裁判所に行くのは初めてでした。
離婚調停というのは、申し立てをした方が様々な書類を用意することになっていて
呼び出された私の方は、特に何も用意するモノもなく、そのまま行きました。

家庭裁判所へ着いたら、まずはオリエンテーリングがあり
どういった流れて調停が進んでいくのか説明がありました。
夫と私は別々の部屋で待機していていました。
調停員さんは2名いて、夫が調停員さんへ話をしている時は、私が別室で待ち、
私が調停員さんへ話をしている時は、夫が別室で待っていました。

調停の間、私は心の中で
「なんで私がここにいなきゃいけないの」「つらい」「やりたくない」という思いがいっぱいで
逃げ出したい気持ちでした。
本当に辛かったです。
おおよそ2時間くらいで終わりました。
ただ、調停までやったことで、夫と元に戻るのはもう無理だと悟りました。
結局私は離婚することに同意しました。

夫がいなくなってから離婚が決まるまで、周りから心許無い言葉を言われることもあり
精神的にツラい日々でしたが、
「私だけは、私の味方でいよう」と自分に言い聞かせてなんとか耐えぬきました

別れて、将来について漠然と不安に思うこともありますが、
今は、新しい人生を進もうと気持ちを切り替えています。

〜〜〜お客様から伺ったお話より〜〜〜


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会社紹介のページに書きましたが、私はリサイクルをしながら乳児院という施設への支援活動を続けています。
以前指輪の買取の際にシングルマザーとその子ども達にあったことがきっかけで始めました。
一般のリサイクル事業の方での活動ですが、 何度か新聞に掲載して頂いていますので紹介させて頂きます

2012年5月 神奈川新聞
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2012年7月 タウンニュース
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2012年7月 神奈川新聞
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2012年10月 タウンニュース

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2012年11月 産経新聞

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2013年4月 横浜市経済局発行の冊子

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2013年9月 神奈川新聞
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